エキスパート保健師
保健指導のエキスパート 野口緑先生の
「伝わる保健指導の心得 10か条」
「伝わる保健指導の心得 10か条」
はじめに
~「保健師の仕事とは」と問われたら?~
皆さんはこれまで「保健師はどのような仕事をする人なのですか?」と問われたら、何と答えていたでしょうか。保健師は「保健師助産師看護師法」の第2条で、「保健指導に従事することを業とする者」と記されているとおり、保健指導が仕事の大きな柱であることは言うまでもありません。しかし、保健指導を通じて、皆さんはいつも何を目指しているでしょうか。
2008年より特定健診、特定保健指導が始まり、それまでの、老人保健法に基づく健診制度から、保健指導の位置づけが大きく変わりました。つまり、国民健康づくり運動がスタートした昭和53年以来初めて、保健指導に結果が求められるようになったのです。さらに、2024年度からの「第4期特定健康診査等実施計画」では、保健指導の結果、腹囲・体重の「2㎝、2㎏」減少を減量目標とした「アウトカム評価」が導入される見込みになっており、保健指導による行動変容効果を数値で求められるようになってきました。
一方、特定健診等の事業評価は、これまで、特定健診の受診率や特定保健指導の実施率がひとつの指標とされ、全国のランキングが示されています。このような中で保健指導の現場では、「いかに保健指導の実施率を上げるか」に注目した事業計画を立てがちですが、そうした指標は保健指導の真の目的を達成することにつながるでしょうか。

そこで改めて問い直したいのが、「何のために、何を目指して、保健指導を行っているのか」ということ、つまり、保健指導の目的です。生活習慣を変えるきっかけを作ることや病院を紹介することが、保健師に求められる保健指導の目的だったのでしょうか。
そもそも特定健診制度は、わが国の健康寿命を阻む原因となっている脳・心血管疾患や糖尿病合併症に至らないよう、そのリスクファクターがある人を効率的にスクリーニングし、確実に改善させる介入をすることを目標にしています。つまり、これらの疾患での早世と、重症化による障害で国民の人生の質を低減させないよう、自覚症状がない段階に確実に行動変容をしてもらうよう介入すること、これらが保健指導に期待されているのです。
言い換えれば、人の命を守ること、そして、人生の質を生涯通じて下げないようにサポートすること、これが保健指導に求められているのです。そうした保健指導を業とする唯一の職種が保健師なのです。
質の高い保健指導のために、ひとり一人の健診データを読み解いてアセスメントし、テーラーメイドの指導を行う、予備群もハイリスク者も、そのままで放置することで血管障害が進まぬよう、生活改善や医療機関受診など、それぞれにとって必要な行動に導き、実現する。
対象者自身が、自分が生きたい人生を生きるための条件になる自分の体を振り返り、その仕組みのすばらしさを知り、大切に扱うきっかけを作る。それが保健師の仕事なのです。
実際の保健指導のポイントについては、「伝わる保健指導の心得」第1ヵ条から詳しくお話しますが、人の命を守るためにデータをアセスメントし、必要な情報に加工して的確に伝えられるよう、プロの保健師には十分な医学的知識に基づいたスキルが必要です。言い換えると、プロの保健師の仕事は、減量方法をいくつも提示し、心理的サポートをすることだけを目標にする、といった単純なアプローチにとどまらないと言っていいでしょう。減量はリスクファクターの改善に関連する指標の一つに過ぎないことをしっかり認識しておくことが大切です。
一方、保健師の仕事は保健指導などの個人を対象にしたアプローチだけではありません。特に行政保健師は、住民を対象としたポピュレーションアプローチ、政策や集団の健康レベルを向上させる仕組みづくりも仕事の範疇に入ります。例えば、行政、かかりつけ医、専門医が上手く連携できる仕組みを構築すれば、健診でスクリーニングしたハイリスク者が、医療連携による最高の医療を享受しながら、安心して地域で暮らし続けられることをサポートできます。また、健診データが無ければ、自覚症状がない生活習慣病に気づくことができないため、一人でも多く健診を受けてもらうことが重要ですが、これまでの健診の在り方では受診率が増加せず、また、健康に関心がある人の受診にとどまります。そのために、前職時代に、コンビニエンスストアとのコラボレーションによる「コンビニ健診」を企画し、関係機関と調整して実施しましたが、これも健康であり続けるまちの仕組みづくりの一例として新たな政策として企画したものです。コンビニの駐車場で健診を実施する「コンビニ健診」は、これまで長らく健診から遠ざかっていた人や若い世代も健診に来ていただけ、重症者も見つけることができました。このように、健診や健康相談、保健指導などの事業に従事するだけでなく、健康政策など、専門的な観点からまちの仕組みづくりに携われるというのは、行政保健師の強みであり、醍醐味でもあると考えています。

医師、看護師などの医療従事者と保健師との違いは、病院と行政や職場など、業務を展開する場の違いもさることながら、対象にする人の自らの健康に対する認識の違いが大きいと考えられます。多くの場合、病院を訪れる人は、専門家の助けを求めて自らの意思で受診している患者さんですが、保健師が対象にするのは「自分はどこも悪くない、何かあったら病院に行くから放っておいて」という、いわばまだ健康課題を認識していない段階の人たちです。したがって、保健師が行うアプローチは当然に病院とは異なる方法が必要になるわけで、異なるスキルが求められるのです。
人の命を保健指導で守るプロとしての保健師に求められるスキルとはどういうものか、健康課題を認識していない対象者への保健指導を成功させるにはどうしたらいいのか、これから数回の連載の中で、そのポイントをご紹介したいと思います。
